想像のかけら

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自作小説と三国志を中心に、関心事などを投稿します。是非お立ち寄り下さい。

小説【目覚めた男②】

 邪気眼の下りは自然と脳裏で再生された感じだった。俺は決して厨二病ではないが、この年にもなって邪気眼がどうのだとか、神のご加護などの言葉が出てくるとは思わなかった。自分でも無意識だったこれらの思考が、病気で呼び起こされたのかもしれないが、ともあれ悪い考えではなかった。

 就職活動では何度か不採用通知を受けたが、俺は挫ける事はなかった。納得のいくまで活動を続け、希望の所から内定が出た。勿論承諾した。就職活動は満足のいく結果に終わった。入社迄には少し時間がある。そんな時、友人から高校の同窓会が近々開かれる事を聞いた。病気も治った事だし、俺は参加する事に決めた。

 

 同窓会当日。結構参加人数は多かった。

「おう、久しぶりだな」

友人の石田だった。石田とはたまに連絡を取っていたが、会うのは久々だった。

「元気になったんか。ん、お前なんか雰囲気変わった?」

「そうか、特に変わった感じはしないけど」

「前会った時より顔つきが凛々しくなった気がする」

これも邪気眼に目覚めた効果だからだろう。言われてみれば、猫背も改善され、前より男らしさに磨きがかかったような気がする。

「俺の事覚えてる?」

「おお、三浦。忘れるわけないだろ」

「そういえば腫瘍ができたって聞いたけど大丈夫なのか」

「今はもう完治したよ。ありがとう。こうして地獄の淵より戻って参った」

「そうか、ならいいんだが。お前なんかキャラ変わってね?」

あっという間の時間だった。高校生に戻ったような気分だった。今日は羽目を外して楽しんだ。みんな大人になっても、何処か当時の面影がある事に安心した。そして、こうして生きてみんなに会えた事をとても嬉しく思った。

 

 そして入社後。前の会社では何事も消極的だったが、今の会社では何事も意欲的に取り組む事、すぐ悲観的にならずに気楽に考える事、この2点を心掛けた。失敗もあったが、以前よりも仕事も人間関係も上手くいく事が増えたように思う。困難に直面した時も、周りに相談しやすくなった事と、死への恐怖に比べれば、恐れるに足りないと考えるようになった事で解決しやすくなった。

 変化と言えばもう1つ。募金、森林や海辺の清掃活動、災害時の被災地への物資支援や清掃等のボランティアに参加するようになった。以前の自分からは想像もつかない程、活動的かつ、慈愛の精神が芽生えるようになった。

 

 病気が結果的に精神面の飛躍的成長を招いた事を考えると、悪い事ばかりではなかったようだ。疾病利得なのだろうか。そして現状に満足する事なく、更なる高みに俺は行きたい。バイタリティーに溢れ、弱きを助け、神に愛されし邪気眼の契約者。俺の名前は田沼、田沼篤。

 

<終わり>

 

 

 

 

 

小説【目覚めた男①】

 「綺麗さっぱり無くなっていますね」

「そんな馬鹿な」

聞けば脳にできた腫瘍は跡形なく消えているという。レントゲンを見ながら医師にそう告げられた。病院での定期検査、突然の事である。

「先生、俺の寿命は長くなかったのではないですか」

「その筈だったのですが。全く、奇跡としか言いようがない。ともあれこれで長生きできますよ」

「いや、それだと困るんです。死ぬと聞いて、全財産使ってしまったじゃないですか。今の俺は無一文ですよ」

「命はお金には代えられないですよ。助かったなら儲けものですよ」

「俺はね、てっきり死ぬと思って金を使い込んだんです。それが今更…」

「あなたの病気は完治しました。さて、次の患者さんが控えていますので」

「先生、まだ話は」

「心の整理がどうしてもつかない場合はまたいらして下さい。その時は腕のいい精神科医を紹介しますので」

こうして俺は病院を後にした。

死ぬんじゃなかったのかよ。想定外だぞ。病気が治った事の喜びより、今からの生活にまた頭を悩ませないといけないと思うと正直しんどかった。

 俺は会社員として働いていたが、職場で突然倒れたため救急搬送された。病院でその日のうちに脳腫瘍と診断され、余命宣告を受けた。余命を宣告されてからは、残りの人生の事を考え、依願退職した。自宅療養中、暫くは死への恐怖心が拭えなかったが、ようやく死ぬ覚悟もできて、家族に今までの感謝と別れの挨拶を済ませた。遺書も残し、今まで貯めたお金は、弟の新車の一括購入と家族旅行で使い果たした。完全に死を受け入れる準備ができた矢先にこれである。

  

 「ただいま」

「おかえり。どうだったの」

お袋が駆け寄ってすぐに聞いてきた。

「なんか治ったみたい。腫瘍は跡形なく消えてたよ。もう意味不明や」

「よかったじゃない。お母さん嬉しいわ。父さんと直樹も喜ぶわ」

お袋は涙ぐみながらこう言った。

「よくないよ。俺の死ぬ覚悟はどうしてくれるのよ。職も貯金もない無一文だぜ」

「そんなのまた一から築いていけばいいじゃない」

「簡単に言ってくれるね。それがどれだけ大変なことか」

 その日は盛大にパーティーを開いてくれた。親父も弟の直樹も、病気の完治を心の底から喜んでくれた。

 

 それから4日後。俺は就職活動を始めた。仕事は次も地元で探す予定だ。就職活動中、俺はある事に気付いた。闘病前に比べ、性格が陽気で、心の余裕とバイタリティーに溢れている。そして、脳裏には時々『邪気眼』という言葉がちらついた。ネガティブで、何かあると「もう駄目だ」が口癖だった以前の自分はもういない。考えてみれば、あんな奇跡はそうそう起こるものではない。俺は間違いなく、神のご加護を受けていると確信した。生かされたのには何か理由があるはずだ。死の恐怖に比べれば、その他の事は恐れるに足りん。何も焦る必要はない。

 

 邪気眼。死に直面し、死を覚悟・克服した者のみに与えられる第3の眼。神に与えられし内なる魂、悠久の時を越え、今こそ目覚めよ。其の眼を与えられし者、神に代わり邪悪を見抜き、弱きを助け強きを挫く、疾風の如き現る代行者なり。刻印されし神との契り、開放するは今がその時。開眼せよ、God's eye genuine!

 

②に続く

小説【スパイ】

 無数の人間がせわしなく移動する東京。彼女を見かけたのは本当に偶然だった。間違いないと思った。今すれ違った女性は3年前にアイドルを引退した五十嵐葵だ。俺は彼女が所属していたアイドルグループのファンクラブに入っていたが、彼女の卒業と同時に退会した。彼女以外の子には興味が持てなかったからだ。彼女の美しさはアイドルを卒業して3年経った今でも健在だった。可愛さと綺麗さをいいとこ取りした容姿。すらっとした体型。帽子を深々と被っていても分かる澄んだ瞳。全て当時のままだった。そこらの一般人とはオーラが全く違っていた。そんな彼女をこんなにも至近距離で見たのだから、冷静さを保てる訳はなかった。この日は友人と会う約束をしていたが、ドタキャンした。今度会う時は飯でも奢ってやろう。『今最優先すべきことは他にある』

 

 普段の優柔不断さは全くなかった。少しでも人混みが少ない所で声を掛けようと思った。この機会を逃せば、一生彼女を見ることはない。潜在一遇のチャンスだと思った。できることなら握手してもらいたいし、ツーショット写真を撮りたい。だが冷静に考えて、今日の俺の格好はどうであろうか。よれたTシャツ、無精髭。友人と会う予定だったとはいえ、男と会うので格好は適当だった。とてもこんな格好で神聖な彼女に声は掛けられなかった。とはいえこのまま潔く引き返すことは出来なかった。心苦しいが彼女の後を少しつけてみることにした。彼女の行動が気になった。

 

 彼女は意外にも電車移動が多かった。アイドルを卒業し、今は女優として駆け出しの彼女。芸能人も電車に乗るんだなと思った。人の多い電車に乗るのは疲れるが、芸能人も乗っているかもしれないと思うと、今度から注意深く周りを見てみようと思った。電車を降りて、駅の改札を出た後は20分程歩いた。そして彼女はあるマンションに入って行った。どうやら自宅のようだった。尾行もここまで。俺も帰ろう。

 五十嵐葵は俺にとって青春そのものだった。高校生の時は彼女の出るライブや番組は見逃さなかった。友達にも1人熱狂的なファンがいた。そいつと話している時、テレビやライブで彼女を見ている時は本当に楽しかった。心の底からウキウキした。彼女のことが大好きだった。そんな高校時代を帰り道で思い出し、懐かしく思った。

 

 それから数日間は彼女のことを考えないようにしていたが、彼女の自宅を知った日以来、彼女をもう一度見たいという気持ちが抑えられなかった。また一目でいいから見たい一心で自宅に通い詰めた。朝から夕方にかけて見かけられそうな一瞬を狙って、片道1時間の道を何度も通い続けた。もちろん見れる保証はどこにもなかったが、それでも諦められなかった。21年間の人生で間違いなく一番狂った行動であった。だがようやく彼女を見れる瞬間がやって来た。その日の彼女は部屋着のような恰好だった。ごみ出しのようだ。今までの彼女とはギャップがあって良かった。貴重な一瞬だった。俺は今日までこの日のために生きてきたのではないか。なかなかに基地外じみた考えだ。

 

 その後は彼女を2回見れた。だがこんな行動も止めなければならない。日に日に罪悪感も増してきた。考えてみると初めて街中で彼女を見かけた日に、自分の身なりのことなんか気にせず、思い切って声を掛けるべきだった。そうしていればこんなストーカー行為なんてしなかっただろうと思った。だが引き返すなら今だ。彼女に会えても会えなくても、自宅通いは今日で最後にしよう。もう一度一目見れるなら、彼女の姿を瞳に焼き付けておきたい。

 

 最後の決行は夕方頃にした。1時間程ねばり諦めて帰ろうとした時、彼女が姿を現した。隣には買い物袋を持った男性がいた。この男性に少し見覚えがあった。帽子を被っている男性も一般人とは雰囲気が違っていた。今売れっ子の人気俳優ではないか。心底驚いた。2人はどこか楽しそうに会話をしているようだった。やがて2人は彼女の自宅へと姿を消した。

 

 俺は彼女のアイドル卒業時のインタビューで彼女が言っていたことを思い出した。アイドルを卒業してからまずやりたいことは普通のデートだと。恋人に手料理も振る舞いたいと。アイドルの恋愛は禁止されているだけあって、彼女の回答に妙に納得したのを覚えている。アイドルを卒業して3年経った今、彼女は自分の願望を叶えたのだろう。帽子を被っていても分かる幸せそうな表情だった。ストーカー行為はこの日できっぱり止めた。

 

 1年後、彼女とその俳優が結婚したことをテレビで知った。なんだか嬉しく思った。当時を振り返って俺は自分の最低な行為を心から反省した。勿論彼女に関する情報は口外していないし、写真等も撮っていない。彼女をつけていたことは自分だけの秘密である。同じ過ちはもうしない。今はこんな自分にも好きな人ができた。もう陰でこそこそせず、正々堂々と自分の想いを伝えたい。