想像のかけら

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自作小説と三国志を中心に、関心事などを投稿します。是非お立ち寄り下さい。

小説【新境地を垣間見る】

 27歳。この年齢を皆さんはどう思うだろうか。若いし、まだこれからと思う人は多々いるとは思うが、私は若者と乖離しだす魔の年齢、それが27歳だと考えている。言うまでもないが私は27歳、何の取り柄もない男である。

 27歳のある夏の日の事。久々にすっきり目が覚めた朝、私は暫く家の窓からぼんやりと空を眺めていた。青い空、気持ちのいい程の晴天であった。こんな日は外に出ようと思ったがきっと出ないだろう、そう思った。だがこの日は違ったようである。ここ最近は外に出る頻度も減った。趣味の釣りにはめっきり行かなくなった。仕事も負の連鎖から抜け出せず、行き詰った感じである。日々自分に限界を感じていた。

死のう。そう思った。あまりの突然の感情に自分でも驚いた。最近は出不精で無気力な私だったが、こんな日に限って行動的であった。適当な紙を見つけて、私は家族に向けて遺書を書き始めた。誰にも恨みはなく、未来に希望が見いだせなくなり、この先生きていく自信がなくなったから死ぬ事、両親に今まで育ててくれた事への感謝、『もし次生まれ変わっても、父さんと母さんの子供になりたい』と記し、弟へは『俺は先に死ぬが父さんと母さんを頼む。いつでもお前を見守ってるぞ』と書いた。最後に、本当にありがとうと付け足した。

 私は簡単に部屋を掃除して、準備を整えてから家を出る事にした。普段は車移動だが、この日は電車で移動する事にした。家を出る直前に思いだした。買ったまま読まずに放置していた小説が2冊程あったのだ。せっかくだから電車で読もう。こうして私は家を出た。

 最寄りの駅まで20分程歩いた。こんなに歩いたのは久々かもしれない。少し疲れたが晴れていたので気持ちよかった。途中コンビニでお金を下ろし、お茶と弁当を買った。電車の中で食べるためだ。最後の晩餐がコンビニ弁当というのも味気ないかもしれないが、私にはこれで充分であった。駅に着いた。最寄りの無人駅から、各駅停車の電車に乗った。

 私は、以前から一度は行ってみたいと思っていた断崖絶壁スポットを目指した。そこから広がる日本海は絶景のようである。絶景を堪能した後、崖から身投げしようと考えたのだ。まず最寄り駅から各駅停車と急行を乗り継ぎ、1時間程かけて主要駅まで移動する。そこからは特急で目的地の最寄り駅まで行き、最後にタクシーで移動するという計画だった。およそ4時間の道のりである。主要駅まではあっという間に着いた。ここからは特急での移動、少し気持ちが引き締まる感じがした。

 さて話は変わるが、ここで私の自殺に対する持論を聞いてほしい。まず自殺の大多数は単一的な要因というより、複合的な要因の積み重ねから起こるという事だ。例え一つ一つの要因はどんなに些細な物であっても、十分なきっかけになると私は考える。私の場合は、現職が上手くいかなくなる。転職活動に踏み切るも失敗ばかりで貯金も減り、落ち込む時間と焦りが募る。唯一の趣味の釣りに行くも、全く釣れない日や、雨で行かない日が続く。恋人との仲が険悪になる等、こういった感じだ。

もう一点は他人といる時より、一人の時の方が悲観的になりやすく、悩みや鬱憤を抱え込む時間も、年を重ねる事に増えるという事だ。極論を言うと悲観的な性格の人間は、一人暮らしや一人の時間をあまり作らない方がいいというのが私の持論である。

 特急列車での移動中、私は小説に没頭した。家にいた時は全く読書に集中できなかった事が嘘の様である。暫くすると腹が減ったので、弁当を食べる事にした。旨い。ただのコンビニ弁当だが、特急で食べるとこんなにも旨く感じるのか、そう思った。窓の外の景色も良かった。面白い小説に列車から見る綺麗な景色、なかなかいい組み合わせだと思った。こんな感じで私は特急での移動を満喫した。目的地の最寄り駅にも到着したようである。

 最後の移動、タクシーでの車内。運転手は寡黙な人だった。私は自分の27年間の人生を振り返っていた。走馬灯のようだ。最後は自殺という選択をした自分だが、今までの人生はそう悪い物ではなかったように思う。ただ疲れただけなのだ。部活動の帰りらしき学生の集団を見かけた。高校生だろうか。楽しげで光輝いている。彼らにも各々悩みがあるのかもしれないが、やはり彼らの溢れる若さと輝きには到底敵わないと思った。

 20分程走りようやく着いた。今は誰もいないようだ。綺麗だ。断崖絶壁から広がる日本海。聞こえるのは絶えず押し寄せる波の音だけ。私は崖から広がる日本海を静かに眺めた。最後にこの絶景を瞳に焼き付けるためだ。そして脱いだ靴を丁寧に揃えた後、深呼吸をした。覚悟は決まった。私はここで死ぬ。3歩前に踏み出し崖下を見る。

 怖い。私はこんな所から飛び降りようとしているのか。だがここまで来て惨めに引き返せるかと思い、再度深呼吸をした。崖前まで来れば、目を閉じて身を任せるだけだ。頭では分かってはいたが、足が震えてまともに立っていられなかった。その後、崖前まで来ては引き下がりを何度も繰り返したが、結局駄目であった。途方に暮れて日本海を眺めていると、人の声が聞こえた。どうやら若いカップルの様だった。帰ろう、思わず独り言を漏らし、私は帰る事にした。帰りはどう戻ったかあまり覚えていないが、戻った頃には、へとへとに疲れ切っていた事をよく覚えている。

 戻った直後はもやもやした感じが続いたが、この2週間後に高校からの友人と会う事になった。会おうか迷ったが、一人でいても仕方ないと思い気分転換に会う事にした。

当日、映画やボーリング等をした後、夜ご飯を一緒に食べた。何気ない会話から、お互いの状況を話していた時に思わず本音が漏れた。自分に限界を感じる事、投身自殺を図った事等を思うままに話した。彼は心底驚いた様子だったが、私の話を真剣に聞いていた。話し終わって暫くの沈黙後、彼は口を開いた。

「そんな事になっているとは知らなかった。あまり上手く言えないけど、上手くいって当たり前だと思わない事だね。物事いい時ばかりじゃない。ある程度続けている事でも必ず停滞する時期があると思う。頑張れない、踏ん張れない時があってもいいと思うよ。ただ諦めず、腐らず好機を伺う事は大事だと俺は思う。まあ俺も偉そうな事は言えないけど。でもこうして今日、お前に会えた事が何よりも嬉しいよ」

彼の言葉を聞いて、心のわだかまりが少しずつ解けていく感じがした。確かに私は結果がすぐに出ない事に焦りすぎていたのかもしれない。今は好機を伺う時期かもしれない、そう思った。

「ありがとう。お前に相談して心がすっきりしたよ。お前が友達でほんとよかったわ」

こうして、友人とは別れた。

 それからの私は転職活動に邁進した。勿論落ちる事は何度もあったが、受かる事も増えた。落ち込んだ時は「今は好機を伺う時だ」と言い聞かせた。家族に宛てた遺書をそのままにしてた事を思い出し、私はその遺書を破り捨てた。自殺なんて事はもう考えたりしない。自殺を図った事は私と友人だけの秘密だ。新しい仕事が決まれば、会って直接報告したい。そして彼が苦しんでいる時は、どんなに微力であっても今度は私が力になりたい、心の底からそう思った。