想像のかけら

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自作小説と三国志を中心に、関心事などを投稿します。是非お立ち寄り下さい。

小説【目覚めた男①】

 「綺麗さっぱり無くなっていますね」

「そんな馬鹿な」

聞けば脳にできた腫瘍は跡形なく消えているという。レントゲンを見ながら医師にそう告げられた。病院での定期検査、突然の事である。

「先生、俺の寿命は長くなかったのではないですか」

「その筈だったのですが。全く、奇跡としか言いようがない。ともあれこれで長生きできますよ」

「いや、それだと困るんです。死ぬと聞いて、全財産使ってしまったじゃないですか。今の俺は無一文ですよ」

「命はお金には代えられないですよ。助かったなら儲けものですよ」

「俺はね、てっきり死ぬと思って金を使い込んだんです。それが今更…」

「あなたの病気は完治しました。さて、次の患者さんが控えていますので」

「先生、まだ話は」

「心の整理がどうしてもつかない場合はまたいらして下さい。その時は腕のいい精神科医を紹介しますので」

こうして俺は病院を後にした。

死ぬんじゃなかったのかよ。想定外だぞ。病気が治った事の喜びより、今からの生活にまた頭を悩ませないといけないと思うと正直しんどかった。

 俺は会社員として働いていたが、職場で突然倒れたため救急搬送された。病院でその日のうちに脳腫瘍と診断され、余命宣告を受けた。余命を宣告されてからは、残りの人生の事を考え、依願退職した。自宅療養中、暫くは死への恐怖心が拭えなかったが、ようやく死ぬ覚悟もできて、家族に今までの感謝と別れの挨拶を済ませた。遺書も残し、今まで貯めたお金は、弟の新車の一括購入と家族旅行で使い果たした。完全に死を受け入れる準備ができた矢先にこれである。

  

 「ただいま」

「おかえり。どうだったの」

お袋が駆け寄ってすぐに聞いてきた。

「なんか治ったみたい。腫瘍は跡形なく消えてたよ。もう意味不明や」

「よかったじゃない。お母さん嬉しいわ。父さんと直樹も喜ぶわ」

お袋は涙ぐみながらこう言った。

「よくないよ。俺の死ぬ覚悟はどうしてくれるのよ。職も貯金もない無一文だぜ」

「そんなのまた一から築いていけばいいじゃない」

「簡単に言ってくれるね。それがどれだけ大変なことか」

 その日は盛大にパーティーを開いてくれた。親父も弟の直樹も、病気の完治を心の底から喜んでくれた。

 

 それから4日後。俺は就職活動を始めた。仕事は次も地元で探す予定だ。就職活動中、俺はある事に気付いた。闘病前に比べ、性格が陽気で、心の余裕とバイタリティーに溢れている。そして、脳裏には時々『邪気眼』という言葉がちらついた。ネガティブで、何かあると「もう駄目だ」が口癖だった以前の自分はもういない。考えてみれば、あんな奇跡はそうそう起こるものではない。俺は間違いなく、神のご加護を受けていると確信した。生かされたのには何か理由があるはずだ。死の恐怖に比べれば、その他の事は恐れるに足りん。何も焦る必要はない。

 

 邪気眼。死に直面し、死を覚悟・克服した者のみに与えられる第3の眼。神に与えられし内なる魂、悠久の時を越え、今こそ目覚めよ。其の眼を与えられし者、神に代わり邪悪を見抜き、弱きを助け強きを挫く、疾風の如き現る代行者なり。刻印されし神との契り、開放するは今がその時。開眼せよ、God's eye genuine!

 

②に続く